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23:05:58
08

慌しく3日間

長野市に住む親戚(叔母の夫)が亡くなり慌しくお手伝いの3日間を過ごしていました。

住居は長野、でもお寺は白馬。
不便を承知でお寺での葬儀。
この真冬。
かなり冷えてブルブルふるえながら最後のお別れをしてきました。

人が亡くなることは残酷絵図です。
そんな絵図を目の当たりにして自分がこうしてこの世の中で平和に健康に生きているありがたさも感じ。

お通夜から葬儀まで段階を追って行くのには、やはりそこに「別れる覚悟」が出来る順番ができて、自分の気持ちの中で踏ん切りがつくように思えた。

シクシク泣く従兄弟たちの想いは計り知れないけれど。

お寺での葬儀では「お釈迦様のお弟子さんになる」お経がいつも読まれる。三途の川を渡る行をいつも神妙に聞く。
寒い本堂で背筋がピンと伸びる想いでもあった…

家に戻り、家族談義。
セレモニーセンター派、お寺派に分かれて大騒ぎ。
ちなみに私はお寺派ですが・・

みなさんはどっちでしょうかね。
簡素化される世の中。
最後くらいは神妙にお寺で私を見送ってください…

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