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10:47:46
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昨日、老人施設のディサービスにオカリナ同好会の仲間と慰問に行ってきた。
30分ステージでクリスマスバージョンと言うことでベルも含みみなで四苦八苦の練習をしてプログラムも考えて(私が勝手に)みなが平等に一歩前に出るようにオカリナの説明や音楽療法を交え、また二人だけでの演奏とかも加えてのステージであった。

しきりは一応私でプログラムを進めてみたがなかなかうまい事は言えず終わってみたらガックリと精魂使い果たしてくたびれてしまった。
たかが老人・・失礼な言い方だが適当にしたらいいじゃないか、という考えは間違っている、じつはやってみた人にしか分からない「苦労」がそこにある。
音楽を聴きたい人の集まりではないからこそ、いかに喜んでもらうか、そこが一ひねりも必要なところなのです。昨日はオカリナに合わせて歌ってくれる人、ずっと寝ていた人、無反応な人、同情で手をたたき喜んでくれる人…様々であった。
しきりが私だったので面白くもなんともなく、あぁ~すみません(うまく出来ない)
一つだけ言いたいが、昨日はスタッフがなんだかバタバタしていて何となく集中できない環境であったことが残念でならない。いつも待ってました!とばかりの空気が流れているのに。

そして今日、これから合唱団で同じところへ慰問へ。
これもまた色々ありで。
たかがボランティアなんだけれど、様々な都合をつけて参加する人の気持ちを理解してくれているのか依頼主、とご意見したい気分の状態でこの音楽慰問はよくないですね。
ヒマつぶしじゃないんだからさ。仕事だから、ってそう言いきり参加しない人、仕事を休み参加する人、そこにボランティア精神の違いがあって個人の自由があるのだから不参加を追求する気持ちは私はありません。しかし貴女も1回くらいはやってみなさいな!!・・なんていいたい気分なんです。依頼するくらいならやってもらう立場とやる立場、大きな違いがあることを認識していた方がみなのためになると思います。

ボランティアには細心の心使いが必要でもあるわけなんですよ。それは依頼する側、依頼される側の気持ちが一つにならないと慰問される方たちに一番しわ寄せが来るわけで。慰問する人は「喜んでほしい」それだけなんだから。

本日の演目「ベル演奏2曲」どれだけの時間を使いみなが頑張り本日を向かえたのかわかってほしいなぁ~
なんの得にもならないことに一生懸命になる人たち、聞いてもらえることが嬉しくて練習に励んだりする心意気を依頼主側の人がわかっていないと非常に残念な想いをします。

でもそれをよく理解してくださる人だってちゃんといるわけですが。誤解の無いように付け加えておきます。その方たちがいるからこそ今年も一年、ボランティアで通ったわけなんです、私。
老人の方と毎日一緒に過ごす彼女らは仕事の粋を超えています…
・・・・と書き込んで慰問に行き、そこで友人Kに「見たわよ!」と言われ続きを書くことにしました。

連日の私の訪問に平謝りのスタッフ1名。「すみませんでした~」いや、そんなに謝らなくても、私がご意見申したいのは貴方ではないよ(^_^メ)
そりゃ連日通う私ってなに??って途方に暮れたくなるほど準備で疲れているんだからさ、謝ってもらって当然かもね。私のスケジュール調整はいつも頼んでいるC子に今後頼むことに念をおしてきた。

合唱団14名での慰問はワイワイガヤガヤ、なんとも楽しいコンサートになりました。
昨日との違いはなんだろうと考えながらみなの歌う様子と聴いてくださるお年寄りの顔をみました。
歌う方は全く緊張感なし(まぁ少しはあるだろうが)で楽しんで笑顔で歌っていた。オカリナは楽器なので笑顔では吹けない、その違いかな?そう思いたいからそういうことにします。

そして一人のお年寄り(おばあちゃん)が突然歌いたいと言い出し「みかんの花咲く丘」を歌い始めなんとも私は感激でウルウル…可愛いなぁ~

今年のディサービス訪問はこれで終了。
また来年(来月だ!)もっとパワーUPしてきますね、ってそう思えるこの施設。いつか家の家族もお世話になるんでしょうね。

そしたら私も「歌いたい~」と言えるほど元気に年をとって行くんだろうか?



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